部門長のご挨拶

 

弱い紐帯の強み

Inaugural Address — The Strength of Weak Ties —

林屋 均

電気学会 産業応用部門 部門長
林屋 均 (東日本旅客鉄道)
Hitoshi Hayashiya (East Japan Railway Company)
President, Industry Applications Society, IEEJ

このたび,産業応用部門長を務めることになりました林屋です。皆様のご協力のもと,部門の更なる発展に貢献していきたいと思います。よろしくお願い致します。
思い起こせば,初めて学会発表をしたのは,卒業論文の研究経過を1993年12月に琉球大学で開催された電気学会の放電・高電圧研究会でした。翌年,修士1年の8月には卒論の二度目の発表として室蘭工業大学での放電研究会に,同じ月には修士で進学した研究室のメンバーと愛媛大学で開催された産業応用部門全国大会に初参加しました。数ヵ月の間に,研究関係で沖縄,北海道,愛媛を訪れる機会を頂き,学会生活を満喫し始めた時期です。以来30年で,口頭発表は150回以上を数え,電気学会のおかげで全国45都道府県を訪れる機会に恵まれました。学会参加の醍醐味は,技術者としてのスキルアップはもとより,このように全国津々浦々を見聞できること,さらには学会活動を通じて出来た友人・知人も大きな財産になります。質疑応答でつながったり,懇親会でたまたま同じテーブルになったことで親しくなったり,研究者・技術者として一人前になってからは発表だけではなく調査専門委員会などに参加して一流の技術者とも簡単に懇意になることができたりと,学会は「偶然の出会い」に満ちています。こうして培われた人脈は,仕事上の強いつながりとは別の「弱い紐帯」となり,新しい発想や思わぬ課題解決をもたらしてくれるものです。
産業応用部門では,若手エンジニアの会や女性エンジニアの会,産業応用フォーラムや各種道場など,会員各位がそれぞれのニーズに合った形で学会を活用できるよう会員価値の向上に注力してきましたが,コロナ禍のここ数年で,学会のあり方は大きく進化しました。オンラインでの学会参加は距離の壁を低くし,学会や委員会へのスポット参加や,様々なセッションのつまみ食いも容易になりました。このような学会の新しい付加価値を伸ばしつつ,「偶然の出会い」と「弱い紐帯」の提供の場としての学会の機能をさらに充実していくことで,学会の会員価値はますます向上することでしょう。
一方で,電気学会を取り巻く産業・技術分野の趨勢も,私が学会に関わるようになった30年前から大きく変化しています。例えばですが,私が電気系学科を志すようになったきっかけは,大学1年の時にNHKスペシャルで6回シリーズで放送された「電子立国日本の自叙伝」という番組に刺激を受けたからでした。当時,日本の半導体産業は全世界の半数以上の生産量を担い世界を席巻していました。今後の「モノをつくる工業立国」としての日本の更なる繁栄の決意とともに,番組は締めくくられました。しかしその後の20年で,生産拠点のオフショアリングや製品のコモディティ化が進み,さらに最近では,知識集約型社会や無形資産といったキーワードとともに,「モノ」から「知識」「サービス」へと産業の価値が移っていることが指摘されています。殖産興業の時代に産声を上げ,現在まで連綿と続く電気工学の流れを大切にしつつ,新たにどのような要素が学会に求められているのか,考える時期に来ているように思います。技術者としての背骨をしっかりと持つことと,イノベーションを引き起こす発想力を充実させることを両立させるには,学会には何が求められるでしょうか。
産業応用部門ではこうした状況を見据えながら,技術委員会が取り扱う分野の再編の議論なども始めています。変化に富み未来予測が難しいVUCAの時代において,柔軟に対応できる深い専門性と幅広い見識を有する技術者の成長に貢献するには,電気学会も柔軟にならなくてはなりません。さらに,リカレント教育やリスキリングなどの人材育成から,オープンイノベーションや社会実装を加速するための場の提供など,新たな役割が学会には期待されています。こうした,時代とともに多様化していくニーズに応えるべく,発表の場のハイブリッド化以外にも,オンラインコミュニティの試行,オンデマンド教育の提供,更なる国際化の推進など,新しい取り組みにも果敢に挑戦しています。引き続き,部門会員の皆様とともに,より魅力的で有益な産業応用部門を作り上げていきたいと思いますので,積極的なご協力を,よろしくお願いいたします。