「電気の価値」の再定義から考える電気自動車普及を主とした電力システムの課題と期待
座談会報告書 研究・イノベーション学会との共同企画

2023/10/30

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開催日時

2023年(令和5年)9月4日(月)14:00~17:00

場所

愛知工業大学 愛和会館 講堂

参加人数

約130人

概要

カーボンニュートラルと電力の安定供給を社会コストミニマムで両立させるためには、電力会社と産業界・需要家が一体となった電力システムの構築・運用が必要である。多様化する電気の価値を踏まえ、電気自動車(蓄電池)、再エネの普及時における電力会社の視点から考える電力システムの課題と期待される解決策について、政策視点・消費者視点から広く課題を提起いただき、議論する。

第1部 講演

第2部 パネル討論、質疑応答

  • 論点1 EVが電力系統、EV保有者の行動にもたらすものとは
  • 論点2 消費者視点からの将来の電力システムへの要望
  • 論点3 電気学会における社会科学の必要性と期待
  • 質疑応答

実施概要

(1)次期電力システム改革の視点

  • エネルギー政策では、S(Safety:安全性)を大前提として、3E(安定供給:Energy Security、経済効率:Economic Efficiency、脱炭素化=環境適合:Environment)の比重が均等になるように正三角形を保ちつつ、運営されるべきもの。
  • 次期(第6次)電力システム改革に向けてのポイントは3つ。需要家の選択肢の拡大と需要家のメリットとの両立、市場メカニズムの中で達成すべき公益・国益とは何か、市場が達成する市場最適と社会が望む社会最適との間のギャップをどう埋めるのか。

(2)電力自由化の課題

  • 自由化においては、価格のボラティリティがあるからこそ、様々なイノベーションが創出される。他方、ボラティリティは安定供給上の問題と考えるとその社会が望む最適とは何かという問いが生じる。
  • 電力供給のコミットメントに対するリスクを誰が取るのか、このルール化をどこまで強制力をもたせるのかについて、分権的な形か中央集権的な形か、二者択一でもなくどちらかにウエイトを置くか、という制度論上の整理が必要。
  • 自由化は、多様性を受容し包摂する世界である。参加するプレーヤーがどのような形態であっても各プレーヤーがその多様性の便益を得ると共に、責務を果たすという形を取らない限りは不公平な世界が生じる。これまでのシステム改革の議論の中で、この公平なルールというものを守らせることが相当難しいことを学んできた。個々に分権的に守らせるよりは、誰かが中央集権的な役割をももってラストリゾートの形を取り、そのミッションを担わせるという形態もある。

(3)電気の価値

  • 自由化の世界では、供給側の論理だけで完全に決まるものではなく、需要側の価値も反映する必要。特に、供給逼迫の状態では、支払価値(ウィリングネス・トゥ・ペイ(WTP))は需要家によって相当程度異なる。したがって、総括原価のように一律の価格を全ての需要家に課すということが本当に正しいのか考える必要がある。時間帯を含めて電気の価値を考えると、価格差別の仕方に工夫の余地あり。差別化を図っていくことは、自由化の中では相当重要。
  • 電気の価値は、kWhの他、kW、ΔkWの調整力が存在。この価値は需要家設備からも供給可能。EV、DR(デマンドレスポンス)、HP(ヒートポンプ)などが調整力の供出主体。電力を貯めるという観点から水素もあり、水素によるサプライチェーンと電力の基幹系統の敷設や、EVとの整合について、議論が必要。

(4)EVの普及が電力系統に与える影響

  • EV導入時のシミュレーションを中部電力パワーグリッドの電力供給エリアを対象に実施。2050年時点では、人口減少により総電力需要が減少。これに太陽電池(PV)、HP、蓄電池、EVの導入を3つケース(高位、中位、低位)で検討。中部エリアの電気自動車の普及台数は481万台。現行の料金体系を前提として、配電用変電所の変圧器の潮流に着目したシミュレーションでは、EVを夕方・夜間に充電した場合、住宅地、郡部では大きな影響はなし。一方で、昼間は、PVによるアップ潮流の影響は大きく、郡部では変圧器容量を超過。EVの充電タイミングシフトなどによる効果を期待。

(5)EVの普及シナリオ

  • 日本の乗用車に占めるEVの販売比率(2022年時点)は、導入初期のステージで1.4%と低い水準。
  • 今後、「キャズム」(普及率16%の壁)を超えて、イノベーションの普及速度を決定する要因は5つ(相対的有利性、両立性、複雑性、試行可能性、観察可能性)。(イノベーション普及理論(Everett M.Rogers;米国社会学者))
  • EVはガソリン車と比べてCO2削減効果の優位性は分かり易い(相対的有利性)など、ノベーションの普及速度を決定する要因は満たされており、政府が提唱する電動化目標は大きな支障はない。但し、充電スタンドの数がガソリンスタンドと比較して相当少ないので、充電インフラの整備が必要。
  • 本格的な普及の段階に至るには、アーリーマジョリティの層(普及率16%~50%への層)への普及が鍵。アーリーマジョリティは、イノベーターやアーリーアダプタとは価値観が全く異なり、自分自身への利益を最も重要な価値基準とすることに留意。

(6)EV保有者の行動変容

  • 「キャズム」を超えるためには、「Whole Product(完全製品)」のコンセプトが必要。EVの所有が自分自身のライフスタイル全体にどのような価値をもたらすのか、パッケージとしての価値提案が必要。例えば、品質、安心・安全、不安の解消に関するビジネスモデル。
  • EV所有者の目的は、環境に負荷をかけずに、自由で安価・安全で自由に移動すること。本来の目的以外での利用は阻害要因、損益となり、所用者の不満を高めることになる。本来の目的以外の利用で、所有者に利益をあるとみなされる利用によって、満足度を上げることが可能。EVの蓄電池を電力システムの中で利用するためには、社会貢献をするための不平等感の払拭、公共利用に対する価値の訴求、個人に対する利益や便益の提供が必要。(プロスペクト理論「Prospect Theory」Amos Tversky、Daniel Kahneman;心理学者)
  • EV所有者全国664名を対象に、保有しているEV蓄電池を第三者に開放することについて、アンケートを実施したところ、対価次第で協力しても良いと7割から8割が回答。電池劣化、必要な充電量の減少、駐車時間の拘束が懸念事項で、それらを解消することが必要。
  • EVの蓄電池の充放電(V1G/V2G)は、技術的に問題ない水準にある。今後、経済性に見合うサービスと事業モデルの検討段階に入る。需要家側と事業者側双方の価値を創出する事業モデルの確立が重要。
  • 現時点では、システムコストが高く、需給調整市場(低速カテゴリ)からの収入のみではVPP事業の成立は困難。自律的な事業成立には、システムコストの低減、制度設計による支援、事業者側の他事業との連携が必要。
  • EVの蓄電池活用については、なんらかの強制力、もしくは経済メカニズムでの検討など、様々な視点が必要。
  • 系統運用側の視点から、EV・再エネの出力変動による対策、昼間帯の価格などの検討を進めてきた。政府の関わりでは、例えば、系統の負荷を調整する社会コストの調整分のみを補助することもひとつの考え方。
  • 需要者側の視点からは、EV保有者は費用対効果によってのみ行動。広く捉えると、自動車産業におけるEV普及について、メンテナンスの専門性、国内雇用等の視点も必要。
  • 社会変革をもたらすイノベーション(トランスフォーマティブ・イノベーション)によれば、結局のところ、消費者の自発的な行動変容によってしか変革はもたらされない。社会の主たる消費者の間で価値観の転換がおこったときに、初めて行動変容が可能となる。消費者が経験することも重要。
  • 欧州は、日本と比較して、気候変動に対する関心が高い。日本でも関心を高める活動が必要。
  • 消費者主権が真に良い世界なのか。安定供給に対する対価の価格形成、価格転嫁、中長期的な社会的な価値を達成するための社会制度のデザインが必要。
  • 技術、ビジネスモデルのイノベーションにチャレンジし続けることが必要で、様々な試行錯誤、失敗の容認も必要。

(7)2050年電力システム

  • 前提となる需給の調整の姿が必要。水素システム、蓄電システムが連携した将来の電力システムの姿を社会実装(社会コストミニマム)の観点からバックキャストで描く必要。経済学者も参画し、消費者行動分析を含めた社会科学の視点をいれる。特に、水素システムでは、要素技術開発の分析、評価を行い、社会実装の可能性を入れたシステム全体の将来の姿を描く必要。
  • 過去の産業革命と同様に、川下部門の最終ユーザーのニーズを踏まえたイノベーションが必要。
  • 過去の事例では、日本政府が推進する「水素社会の到来」の中で、水素自動車(FCV)について議論が行われたが、わが国の自動車産業の競争優位性を持続させる観点から注力すべきと結論となっており、消費者視点が欠如。
  • 日本は資源に乏しい国であることを前提に、エネルギー価格をできるだけ低く抑えることを再度認識する必要。
  • 電力はインフラであり、ネットワークで繋がり、かつ周波数や電圧等の規格の縛りがある中で、電力でイノベーションをどのように創出していくのかは、電力特有の難しさ。
  • 特定の製品やサービスの範囲、それに関係する政策に視点では将来の姿は描けない。電力と電力以外との組み合わせ、社会システム全体を俯瞰し、その中での電力の新しいポジションや新しい価値を考える。

(8)電気学会における社会科学の取り組み

  • 電力を取り巻く環境では、消費者行政、電気と通信の代替性、サイバーセキュリティ、経済安全保障等、様々な課題が出てきている。究極、3Eの中に課題は包摂されるが、様々な観点が電力に求められており、今後、学会の果たす役割は大きい。学際的な人材をつなぐという意味でも、その電気学会に求められるミッションは相当大きい。
  • 需要家主権の視点に基づく、EV所有者の行動変容を促すための仕組みを考えていくには、社会科学を取り入れた検討が必要。今後、研究・イノベーション学会と協働で取り組むテーマは、例えば「技術のビジネスモデル化、消費者の行動変容・社会制度変革に関する調査研究」。

〇コーディネータ追記

  • EV保有者の行動変容を起こすには、時間と新たな仕組みが必要である。先駆的にゼロ・ウェイスト宣言自治体(徳島県上勝町)で行われている住民参加の廃棄物削減と資源循環プロジェクトでは、住民の自発的な行動変容を実現に、長い時間を要したことが報告されている。また、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、「損失回避の法則」(Daniel Kahneman;行動経済学者)で人間は得をする喜びよりも損失を2倍強く感じると唱えており、この定量的な数字は今後の検討に示唆を与えるかもしれない。
  • 今後の検討では、電力はシステム、電気は商品として区別して扱うのが適切のようである。




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