用語解説 第17回テーマ: 空間電荷

2020/08/22

村田 義直 〔(株)ジェイ・パワーシステムズ〕

1. はじめに

空間電荷とは,絶縁体の内部に正極性,または負極性のどちらかに偏って存在する電荷のことである。本稿では,高圧電力ケーブルの絶縁体に適用されているポリエチレンなどに代表される,固体絶縁体の内部に蓄積する空間電荷について解説する。

2. 外部電界下における空間電荷の影響

空間電荷が絶縁体内に存在すると,その電荷の周辺では電界が形成される。絶縁体の外部から印加された電圧によって形成される電界分布に,空間電荷が形成する電界が重ね合わせられることになる。つまり,外部印加電界よりも電界が強調されたり,緩和されたりする。空間電荷による電界の強調と緩和は,差し引いたらゼロになるものであるので,絶縁体内部のどこかで電界強調が発生すれば,別のどこかで電界緩和が発生する。

空間電荷による電界変歪は,絶縁体の電気伝導現象や絶縁破壊現象に影響を及ぼす。例えば,直流接地トリーは,空間電荷蓄積により引き起こされる絶縁破壊現象のひとつである。ポリエチレンのような高分子絶縁体に挿入した針電極に直流電圧を印加すると,針電極の電圧極性と同極性の空間電荷が針電極先端近傍の絶縁体中に蓄積する。十分な量の空間電荷が蓄積した状態で,針電極を接地にダイレクトに接続するような操作により,針電極の電位を急激にゼロとすると,針電極先端から電気トリーが発生する。電気トリーは絶縁破壊の前駆現象であり,再び直流電圧を印加したりすると,電気トリーが進展しやがては絶縁破壊が生じる。

空間電荷による電界強調により絶縁破壊が生じることもある。図1 は,松井らにより報告された,低密度ポリエチレン (LDPE) に直流電圧を印加した状態で,絶縁破壊が生じるまでの空間電荷分布を測定した結果である(1)。厚さ150μm のLDPE シートに50kV の直流電圧を印加し,パルス静電応力法(PEA 法:Pulsed Electro-Acoustic method)により空間電荷分布を測定している。図1 は,空間電荷分布をカラーチャートで示したものであり,赤色の表示は正極性の空間電荷,青色の表示は負極正の空間電荷を示している。また,図の縦軸は時間経過を示している。この測定では,測定開始から約10分経過した時点で絶縁破壊が生じている。測定を開始した後,正電極から正極性の空間電荷が絶縁体内部に進入し,更に時間経過にともなって絶縁体内部を移動している。この空間電荷の影響により,絶縁体内部の最大電界は絶縁破壊の直前には5MV/cmまでに到達している。この値は,外部からの印加平均電界の1.5 倍の値である。


図1 絶縁破壊時の空間電荷分布測定の例(1)

空間電荷の蓄積は,絶縁材料の絶縁性能に対して,好ましくない影響を及ぼすことが多い。従って,絶縁性能上は,空間電荷蓄積量は少ない方が望ましい。

3. 空間電荷の測定方法

図1 に示した例のように,PEA 法を用いて誘電・絶縁材料の空間電荷分布を測定することが可能である。PEA 法では,試料にパルス電圧を印加することによって,試料内部の電荷から圧力波を発生させる。そして,圧電素子により圧力波を電気信号に変換し,試料内に存在する電荷の位置と量(電荷密度分布)を計測する。測定方法の詳細については,参考文献(2)を参照されたい。また,PEA 法における校正方法の標準が検討されており,2012 年中に,JEC のテクニカルレポートとして発行される予定である。

文献

(1) Matsui, Tanaka, Takada, Fukao, and Maeno : “Short-Duration Space Charge Observation in LDPE at the Electrical Breakdown”, IEEJ Trans. FM, Vol.123, No.7, pp.669-675 (2003-7) (in Japanese)
松井・田中・高田・深尾・前野:「LDPE の絶縁破壊までの短時間間隔空間電荷測定」,電学論A,Vol.123, No.7, pp.669-675 (2003-7)

(2) 誘電・絶縁材料の空間電荷分布計測法と標準化調査専門委員会:「誘電・絶縁材料の空間電荷分布計測法と標準化」,電気学会技術報告,No.834 (2001)

【電気学会論文誌B,132巻,3号,2012に掲載】