座談会:講演4 政策視点・消費者視点からのコメント1(イノベーション論からの視点)

2023/10/30

市川 類(一橋大学)

 一橋大学の市川です。先ほどまでの電気学会からの発表につづきまして、私からはイノベーション論という観点からコメントをさせていただきたいと思います。自己紹介をします。一橋大学には三年ほど前からいますが、最近までは、経済産業省の役人でした。経産省ではこれまで技術やイノベーション、また、最近は特にデジタルやAIを対象としていて、あまり電気関係は担当していないのですが、2006年ぐらいに当時資源エネルギー庁のRPS(Renewables Portfolio Standard:再生可能エネルギー導入基準)制度に係るRPS室長を担当していました。今のFIT(固定価格買取制度)が出る前の、まだ穏やかな時代です。ぞれでも、当時も、再エネ導入の目標設定量を決めて、電力業界に義務付けて、電力業界に再エネの導入をお願いしていたのですが、電力会社からは「系統が持たないです。電気学会で認められた計算式があって、これ以上は入れられないんです。」と言われて、本当かな、信じられないなと思いながら調整していた記憶があります。その時からずっとグリッド関係は関心を持っていました。

 今までのお話は、「再エネが大量に入ってきてグリッドの安定性の問題が起きています。したがってEVの導入が進む中、どう活用すればよいか。」という話になっていると思います。私は、そうした視点ではなく、イノベーション論から見て、逆に、このカーボンニュートラルを実現するにあたって、2050年までに電力グリッドはどうあるべきなのか、それから逆算していくと何が必要なのか、という視点から話をしたいと思います。
 私自身は、RPS室長のあと、JETROニューヨークに赴任になり、特にIT系の調査をしていたのですが、ちょうど2009年にオバマ大統領が出てきた時、リーマンショック後の景気対策としてグリーン・ニューディールが出てきて、クリーンエネルギーに対して多額の予算を配分する話になり、その一丁目一番地がスマートグリッドだという話になって、世界中が盛り上がっていました。当時、日本の産業界からたくさん人が、「スマートグリッドはどうなっているのか。」と、米国に調査に来ていて、その対応をしていました。その当時から、スマートグリッドの中では、デマンドレスポンスに加えて既にEVを組み込もうという議論がなされていました。その後、日本でも、スマートグリッドを導入すべく、例えば4実証試験として、愛知、横浜、京都、北九州で経済産業省の大型の実証プロジェクトを行われ、また、その際も、社会科学という観点を組み込むべく、経済学者にも入ってもらって消費者行動分析などが行われていました。私は、その後はスマートグリッドに係る動きを必ずしもフォローしてないので、現在の状況を正確に把握していません。おそらく、その後、スマートメーターの普及は進んだと思いますし、スマートグリッド全体も、いくらかは進んでいることと思います。
 我々、社会科学をやっている立場で言うと、失敗したにしろ、成功したにしろ、過去の似たような事業がどうして上手くやっているのか、あるいはどうしてうまくいかなかったのか、という分析をした上で、次にどうすべきかということをやっていくことが、基本と考えています。特に、この以前の実証試験においては、経済学的な視点も入れて検討していたと思うので、今回のEVに係る議論においても、過去の成果を評価しつつ、必要に応じ再度経済学的な視点も含めて検討することは、価値があるのではないかと思います。

 その上で、カーボンニュートラルについては、もともと2018年頃から世界的に話題になってきたわけですが、日本では特に2020年に菅元総理が宣言して話題になりました。今まで皆さんからお話あったように、カーボンニュートラルを実現するには、おそらく電力システムを根本から変える必要があると考えています。すごく大雑把に言えば、これまで基本は火力で需給を調整していたのに対し、今後何で需給を調整するかという問題です。もちろん今後も火力を残しつつ、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)で炭素を取れば良いという議論はありますが、ちょっとそれは置いといて、全部再エネで賄うとした時にどうするか、という話から考えます。その場合、システム全体のどこかで電力を大量に貯めてないといけないということになり、EVで調整するという話では収まらない。仮に、日本全国が曇りで風も吹かなかった時も電力を安定的に供給し続けるためにはどうしたらいいのかという視点で対応できるシステムが日本にできてないといけない。そうすると揚水発電みたいな大きな貯蔵設備で担うのか、あるいは末端のEVで全てを担うのかなども含めて、システム全体でバッファを持つ必要があります。その際、カーボンニュートラルで改めて関心が高まっている水素エネルギーも重要な役割を果たします。再生可能エネルギーで水を電気分解して、水素を作り水素エネルギーとして蓄える。また燃やして使うシステムです。システム全体から見たら、非常にエネルギー効率が悪いことになるかもしれないですが、不可能ではない。今後、蓄電池も安くする、水素も安くする、これらを2050年までに実現するということがシステム全体の完全な転換に必要不可欠な条件になるということだと思います。
 その際、問題になるのが経済的視点、コストです。これを下げるためには、ある意味でイノベーションが必要です。このようなイノベーションとコストの削減を実現し、をいかにシステムとして作り上げていくのか、普及させていくのかとい点が、特に私の関心になります。

 特に、カーボンニュートラルは、エネルギーにとって大きな革命です。かつて、第一次産業革命、第二次産業革命がありました。特に第二次産業革命では石油・電力が産業革命の中心でした。このような産業革命がなぜ起きたかというと、例えば石炭から石油になったのは、石油の使い勝手が良かったということに加えて、石油を使って自動車を使い、自動車がいろんなビジネスに使われた、という川下の部分でイノベーションを引き起こしたから、だと考えます。また、電力も、元々は明かりとして使っていたガス灯からこれに代わって電気灯というところから始まりました。その際、それだけではなく、コンセントに機器を繋げば色々なことが出来るということで、川下でのイノベーションがどんどん進んだことによって、みんなが電力を使い出すようになって、電力が普及した。
 では、カーボンニュートラルにおいて、かつての産業革命のようなことが起きるかというと、現在見ている限りは、理念上、誰もそのようなことは想定していません。今は、たとえば発電源を、火力から再生可能エネルギーに変えるべくコスト下げましょう、との取り組みを行っていますが、一方、川下の人たちや利用者から見たら「同じ電力であって、何が違うんだ。何も新しいことが起きていない。」としか見えず、それをもって川下で新たなイノベーションが生じさせようというインセンティブは働いていません。もちろん価格が抜本的に安くなるようなことがあれば、川下にも影響を与える部分もあるかもしれません。
 カーボンニュートラル実現に向けて、国は非常に多額の投資を行い、「イノベーションを起こす」、「カーボンニュートラル型の産業を育成する」、例えば水素産業を育てよう、ということを行っています。ただし、産業革命という視点から見た場合は、それらによって、川下で新しいビジネスが起きるかというところが非常に重要になってくると考えます。逆に、単なる代替産業ではなく、従来とは異なる新しい付加価値ある製品・サービスを提供することによって、川下の人たち、あるいは消費者が「これを使えば面白いことができるよね。」っていうふうなところ、プラスアルファを作っていかないと、社会全体でのイノベーションの普及はなかなか進まないかなと考えます。

 このような付加価値の源として考えられるのは、やはりデジタル技術の活用です。先ほど下村さんのお話で電力システムのプラットフォームを作ってらっしゃるという話もありましたが、このような取り組みとセットで取り組むことが重要になってくる。その際、如何にして、川下の新しいニーズを汲み上げて、新しいビジネスが作られるようにするかというこことが重要になります。
 以下は、ジャストアイディアです。やはり上流の電力システムは、プラットフォームとして公平なルール基盤として機能することが求められるでしょう。ただし、その際に、安定供給に係るコストが、単に今は高いからそのまま価格に反映するという話でなく、戦略的に普及させるための価格設定といった視点も含めることは考えられると思います。また、もう一つ重要なことは、その川下にいろんなビジネスを作れるようなプラットフォームとしての仕組みを作ることが考えられます。
 先ほど大橋先生からいろんなバンドリングサービスというお話がありました。データを囲い込むのではなく、データを活用したサービスとして、サブスク利用した無料充電、AIを活用したアシスタントサービス、他サービスとの連携などが例として考えられます。デジタルを活用した多様なビジネスモデルイノベーションを起こす環境整備が、そのコアとなる仕組みを作っていく必要があるということです。ありがとうございました。