座談会:パネル討論、質疑応答

2023/10/30

【第2部】パネル討論、質疑応答

蘆立: 第2部のパネル討論を始めます。今回のパネル討論の論点は、「論点1 EVが電力系統にもたらすもの、EV保有者の行動変容をもたらすもの」、「論点2 消費者視点からの将来の電力システムへの要望」、「論点3 電気学会における社会科学の必要性と期待」です。ご登壇者の皆さまには、自由にご発言いただき、その中で課題を見つけ共有できれば良いと思います。特に研究・イノベーション学会の先生方からは新たな視点でのご示唆をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
冒頭2つお話させていただきます。

将来の電力システムについて(概説)

1つ目は私から、「将来の電力システム」の中での「電気の価値」についてです。「電力の価値」を時間や空間の中で考えるとこのような図になります。ご講演では、電力システムと情報システムとの話がありました。東京電力パワーグリッドでは電力負荷の大きい計算を電気の単価が安い海外で行い、計算結果を光のネットワークで日本へ持ってくるといったような、時間と空間を超えるアイデアがあると伺っています。また、水素システムをどのように電力システムに組み入れていくのかということのお話しがありました。さらには蓄電システムの組み込み、エネルギー市場での国や自治体がどういう役割を果たしていくのか。多様な電気の価値を、時間と空間でどう制御して行くのかということになります。先ほどのご講演では、国内事例や海外事例の学び、新たな提言をいただきました。カーボンニュートラル実現のためには電化は必須であり、電力の市場は着実に拡大するとして、電気の価値を改めて考える必要があります。そうした中でイノベーションが必要であります。その一つの技術としてEVの活用がありました。EVは普及の段階に入りつつありますが、普及した世界を前提に、パネル討論を進めたいと思います。
2つ目は、先程鈴木様からEVが大量に普及した場合の電力系統への課題が示されました。この点につきまして、下村様から解説をいただき、そこをきっかけに話を進めたいと思っております。下村様よろしくお願いします。

中部エリアにおけるEV導入時のシミュレーション

下村: 中部エリアにおけるEV導入時のシミュレーションを行いました。その結果を踏まえながらご説明します。

左上図にベース需要の想定を示します。2020年から2050年まで人口減少により、徐々に電力需要が減少することが想定されます。これに加えて、PV(太陽光発電)、ヒートポンプ、蓄電池、さらにEVの普及を想定しました。これらの普及想定において3つのシナリオ、すなわち高位、中位、低位を考えました。高位は2050年にCO2の排出量を実質ゼロにするシナリオ、低位シナリオは現行の政策のまま進んでいたケース、中位はその中間です。それぞれの普及シナリオの設定はすべて一緒です。お示しする内容は、中位でのシミュレーション結果となります。蓄電池につきましては、太陽光を導入されているお客様が併せて蓄電池を導入して使っていることでシミュレーションしております。2050年における中部エリアのEVの普及想定台数は481万台です。
この想定した台数のEVによって充電が行われます。この充電カーブを下図に示します。左側が平日、右側が土日になります。時間帯によって価格が異なる現行の料金体系を前提にシミュレーションを行いますと、夕方に帰宅する車が多く、また深夜の価格が安いので、深夜と夕方からEVを充電するお客様が多くなります。平日の昼は、EVが職場で充電することを示しています。右側の土日は、深夜だけが立っているというシミュレーションになります。

こちらは配電用変電所の変圧器の一日のロードカーブです。住宅地と郡部につきまして、2020年から2050年までロードカーブをシミュレーションしました。まず、住宅地であれば深夜と夕方から充電するという話をしましたが、やはりベースの需要が減ってくるということもあり、深夜帯では、さほど影響が大きく出てきません。群部につきましても、深夜帯はそれほど大きな負荷の影響が出ていません。ここで注目すべき点は、昼間帯において、太陽光の導入がかなりある住宅地に関しては、太陽光による昼間のアップ潮流が増加してきます。また、群部におきましては、かなり太陽光が入ってくることに加え、EVの導入量が少なく負荷による低減効果があまり出ないため、アップ潮流によって容量超過になりました。ここで申しあげたいことは、あくまでも中部エリアにおける平均的なシミュレーション結果ですが、EVの充電によってというよりは太陽光のアップ潮流によって、局所的な問題が出るかもしれません、ということです。このアップ潮流をEVの充電タイミングシフトによって防げないかというようなことが、シミュレーションから見てとれます。以上です。
蘆立: EVが普及した際の電力側の懸念される点に対して、下村様からシミュレーション結果をお示しいただきました。鈴木様、いかがでしょうか。
鈴木: シミュレーション結果として充電のタイミングシフトを行っていけば、大きな問題にはならないのではないということですね。また、冒頭にありましたけど、やはりマクロ的にみると日本の人口自体が減少傾向になり、私が調べた結果でも、2050年代に1億人を切って2085年ぐらいには7000万人台になると、昭和初期ぐらいまで人口が減っていくということです。現状の電力需要が長期レンジで見た時に、減ってしまう分でEV化の充電は賄えてしまうのではないかという考えもありますので、近々に、人口減少よりもEV化が激しく進んでしまった時に、その差分を電力供給できるかっていうところが分析されていれば、大きな問題は出ない可能性の方が高いのかということですね。
蘆立: 技術的には何とかなりそうだということですね。今後の動向をよく見ながら見ていくことになりますが、永田先生の方から先ほど、社会システムの整備も必要だということで国側の主導、特にコミュニティがその持続可能な環境を作るアクターとして振る舞うべきだという話しがありました。もう少し掘り下げてお話しいただけますか。

EV普及、EV利用のための課題、キャズム理論について

永田: 政策の課題は大きいのですが、ここでまず申し上げたいのは、府省横断的な取り組みが重要になってくるのではないかということです。EVについては、自動車メーカーと電力会社が密接に連携することによって新しいシステムを作り上げていく必要がある訳ですが、この取り組みは、経済産業省ばかりでなく、国土交通省、さらには内閣府などが相当程度コミットしていかなければならない政策領域だと思います。日本の行政は縦割りだと言われていますけれども、その縦割りの垣根を越えた政策論議が、ますますこれから重要になってくると思います。
それから、ただいまの議論に多少関連することをもう少し申し上げますと、鈴木先生がコメントの中で言及されていました「イノベーションの普及の際に、キャズムという現象が見られる」ということは、以前からジェフリー・ムーアによって指摘されてきた点ですが、なぜそれが発生するのかということがむしろ重要だと思います。キャズムという現象は、新製品などがイノベータとアーリーアダプタまでは普及していくけれども、そこからアーリーマジョリティへの普及が進まないという傾向です。その一つの理由として言われていることは、アーリーマジョリティが参照するのは、アーリーアダプタの経験ではないということです。アーリーアダプタとアーリーマジョリティでは、価値観が大きく異なる訳です。イノベータやアーリーアダプタは、技術的な新規性に非常に大きな価値を見出して、率先して使ってみようとする消費性向を持っています。しかし、アーリーマジョリティは、それを採用することによって、自分自身がどのぐらいの利益を実際に得られるのかということを最も重要な価値基準にしています。そもそも価値基準が違うために、いくらアーリーアダプタが良かったと評価しても、アーリーマジョリティは、その評価に影響されて採用を意思決定しないということが、キャズムと呼ばれるクラックが生じる理由だと言われています。
キャズムを超えていくためにムーアが提唱している方策は、Whole Product(完全製品)というコンセプトに表されています。顧客に全体的な価値を提供するためにパッケージとしての製品戦略を展開していくという方策です。EVについて言えば、それを採用することが単に従来のガソリン車の機能を置き換えるだけではなく、顧客自身のライフスタイル全体にもたらされる価値を訴求していくことが、そうしたパッケージとしての価値提案において必要になってくると言えるでしょう。それをサポートできるような政策的な支援が重要だということです。
蘆立: ありがとうございます。市川先生、いかがでございましょうか。
市川: EVそのものの導入普及に関しては、新しく導入しようとするイノベータやアーリーアダプタが議論になっていると思います。一方、EVの保有者がその電池を活用して電力系統につなげるという事業の普及という観点から見た場合、すなわち、EVの保有者に価格設定をしてこれに参加してもらうとした場合、そのようなイノベータなどに係る議論が、どこまで適用できるのかという検討が必要になります。
また、さらにEVそのものの導入に関しては、キャズムという議論は市場メカニズムでやっている時には適用されると思います。すなわち、アーリーアダプタくらいまでは面白い商品を出してればいいんだけれども、それ以降はやはり品質が良いとか安心できる商品を提供するといったビジネスモデルとなってくる。一方、例えば、今や中国では政府がEVに多くの補助金を出してEVを普及するなど、市場メカニズムの中でのプロセスとは異なったことを行おうとする動きがある。そうしたことまで考えると、さらに方程式は複雑になっている気がします。
蘆立: ありがとうございます。日本は中国に比べるとEVの導入が相当少ないですが、今のご指摘の点は非常に大事と思います。テスラでは、一度EVに乗った方は次もEVを選択すると言っています。
市川: まさしくこれまでテスラのような車はイノベータが買っていたわけです。アメリカ中西部の農業従事者がテスラを買うかというと、多分違ったビジネスモデルのEVではないと思います。そういうことにも繋がると思います。そのような中で、今後、日本において、消費者がEVを買った上で、それを電力系統につなげてくれるのかっていうのは、また別の議論が必要だと思います。それらを何らかの強制力を持って進めるのか、あるいは、経済メカニズムの中で進めるのかなど、色々考えていかないといけないのかなという気がします。
蘆立: ありがとうございます。大橋先生に何かございますか。
大橋: 立場によって見方が相当違ってくるのだと思います。
系統運用者の観点からは、下村さんからのご発表のように、今の価格帯を維持するためにはどうすれば良いか、再エネによる発電による変動や凹みの部分をどう解消するのかということに言うことになり、次のステップとして昼間帯の価格をどうするのかという議論につながることもあると思います。他方、需要者からの視点でみれば、議論となっているEVによる調整のみならず、太陽光側での調整、蓄電池を用いた調整などの均等化の技術を入れる方法もあるでしょうし、さらには水素などのオプションも考えられます。こうした複数の調整力のオプションの中で、何がベストなのかということになります。さらに、政府は何を考えるかというと、系統の負荷を調整する社会コストの調整分だけ補助するといったことができるのかもしれません。EVの保有者からすると太陽光のことは直接には念頭に置かれる必然性はないわけです。EV車が普及した世界の中でということであれば、EVによって系統運用者に協力するのかどうかというのは、費用対効果によって行動するものと考えます。さらにもう少し広げてみると、自動車産業については産業構造としてEV車の普及をどう考えるかということですが、専門性や国内雇用といった視点があるのではないでしょうか。

CNのためのエネルギー供給、エネルギーセキュリティについて

蘆立: ありがとうございます。先ほど、市川先生から電力システムの抜本的な改革という話しもありました。さらに、蓄電システム、水素システムの組み込みについて言及もありました。ご示唆いただけるものがあれば、ご披露いただければと思いますが、いかがですか。
市川: 2050年頃、火力が若干残っているにしても、基本は再生可能エネルギーで発電して、需要は相変わらず揺れ動く中で調整する必要があると考えたときに、どのように需要と供給を調整しているのかを明らかにする必要があると思います。例えば、日本中がずっと曇りの日が続き、風もないような時にどのように電力を供給するのかという話も含めて考えなければいけない。結局は、電力システムの中に何らかの蓄電システムが含まれていないといけない。場合によっては、完全なCO2フリーを考えなければ、火力発電設備を残しておいて、いざという時は発電するということもある。やはり、石油や天然ガスはモノとして保存できるという点において優れています。難しい判断がですが本当はそういうところまで考える必要があると思います。
さらに、水素による供給もあります。水素やアンモニアの供給は、現時点では、コストを考えてとりあえずは天然ガスから作ることになっていますが、将来的にはグリーン水素として再生可能エネルギーから作り出すことを想定しています。その再生可能エネルギーからできた水素を、蓄電システムの一環として利用するというオプションも、全体の供給の可能性の中にも出てくるのだと考えます。
さらに太陽電池や風力は発電の変動の波が大きいので、火力と同じkWhの価格を付けていいのかということが出てきます。火力と同じ電力の価値ということであれば、蓄電池を付けてセットで火力と同じぐらいを目指すくらい、太陽電池や風力と蓄電池をセットで安くするまで頑張らないといけない。蓄電池を置く場所は、EVだけではなく家庭用太陽電池のそばに置くこともあるでしょうし、系統の中で全体を考えて置くこともあるでしょう。バランスを考えながら検討することが必要と考えます。
蘆立: ありがとうございます。水素システムは国主導で開発は進めていますが、社会実装された水素社会はまだ日本で描かれていないようです。誰かが描かなくてはいけないと思いますが、高橋さんいかがでしょうか。
高橋: 水素については色々なシステムがあり得るとされています。企業側としては将来どうなるかわからないものには投資できないと思います。例えば、先ほど商用車の電動化の話をしましたが、実際に企業の方と話すときに、その電動化に投資して良いかどうか、悩むような話をされます。将来の姿を誰かが示さないといけないのですが、誰がやるべきなのか、私もちょっと解がないですね。
蘆立: 誰かが描いて、技術開発とともにローリングして作っていかないと、国がその環境をつくるアクターとして振る舞うための拠り所がないですね。多分そういうことと思います。永田先生いかがですか。
永田: 誰が作るべきなのかということになると、これは政策担当者だけが議論して決めればいいと言うことでもないでしょう。最近の政策では、一つの大きな潮流として、従来のフォアキャスティング的な政策立案から、バックキャスティング的な政策立案への転換が必要であると色々な局面で言われています。これは要するに国民が望む将来像を描き、その将来の姿に立って現在の課題を照らし出すと言う政策立案の方法です。重要な政策転換の方向だと思うのですが、バックキャスティングをやるためには共有できるビジョンを作らなければならないし、それは政策担当者だけが策定するのではなくて、データに基づいて国民の間で共有可能なイメージを描き出して行くことだと思います。それが政策に求められている役割です。
それが成立していないと歪んだ政策論議が起こるということを、「水素社会の到来」というキャッチコピーで語られた将来像は示すことになりました。ひところ日本政府は「水素社会の到来」という将来像を盛んに喧伝していましたが、その当時はFCVが新しい自動車のドミナントデザインとなるように政策的に推進して行くと言われていました。それはEVに完全にシフトしてしまうと、日本の自動車メーカーが従来培ってきた擦り合わせの強みが発揮できなくなってしまうからだというのです。このFCVであれば日本の自動車メーカーの組織能力が競争優位性を持続できるから、水素社会に向かうべきだという政策論議は本末転倒しており、まったく消費者視点を欠いています。水素社会が到来するというバラ色のイメージが描かれる一方で、水素ステーションが十分に整備されず、FCVが普及しないと何が起こるのかと言うと、いわゆるハイプ・サイクルが発生します。期待が一気に高まった後で、幻滅の谷に落ち込む。そして普及のプロセスを歪めてしまう傾向が生じる訳です。
私はハイプ・サイクルが発生するメカニズムは、行動経済学で提唱されている「双曲割引理論」で説明できると思っています。人間は遠い将来の利益は我慢して待つことができるけれども、短期的な利益は待てなくなる。そういうせっかちな性質を一般的に持っていると言われています。その傾向が幻滅の谷と呼ばれる極端な期待の変化をもたらしてしまうのではないかと思います。政策担当者は、こうした傾向を予め考慮した上で責任ある情報発信をしていく必要があると思います。例えば、政府が提案する将来像の中では、Society5.0などという言葉が使われていますが、私にはあまりに粒度が荒すぎて共有できる将来像とは思えません。

※ハイプ・サイクル(hype cycle、ハイプ曲線)は、特定の技術の成熟度、採用度、社会への適用度を示す図である。ガートナー社がこの用語を造り出した。Wikipediaより

蘆立: ありがとうございます。
大橋: 我が国日本はエネルギーが乏しい国であることが前提と思います。何が難しいかといえば運ぶことです。これは資源が乏しい国の特有の問題だと思います。やはりエネルギーが安くないと、生活だけではなく産業的にも相当難しい状況に陥りかねないので、まず出発点として、エネルギーについて乏しい国になんだという足元を改めてしっかり理解することを外してはいけないですね。
蘆立: エネルギーセキュリティのご指摘、ありがとうございます。エネルギーに限らず食料もそうですね。日本で4割しかカロリーベースで自給率なく、シーレーンを抑えられてしまうと食料が入ってない。そういう心配もあります。

EV所有者の行動変容について(イノベーションのために)

蘆立: EV所有者の行動変容を促す点について、高橋様からお話ありました第三者による電池制御は、所有者にとってはデータを取得されることなど、不安もあるのではないかなと思っています。電力会社の立場からすると、電池を貸していただくということになります。このあたり電池制御という点はいかがでしょうか。
高橋: 先ほど紹介したのは、ユーザに対するアンケート調査です。インタビューもしていますが、ネガティブなことを言われるかなと予想していたのですけど、ほとんどの方が公益のために使ってもらうのであれば対価次第で問題ないということで、ユーザの理解はあるのだろうという気がします。データの話がありましたけれども、そういう点では調査してなかったので、それらを含めるとどうなるかちょっとわからないですね。
蘆立: ありがとうございます。私は個人の行動が監視されることに高いバリアがあるのではないかという気がします。
高橋: 具体的なサービスまで落とし込んで提示して調査したことがないので、そういったデータの開示とかも含めて、ユーザの受容性を調べた方が良いと思います。
蘆立: 下村さんから、混雑回避のスタンド利用という話がありました。料金インセンティブの設定が課題と思います。この点いかがでしょうか。
下村: ヨーロッパ、アメリカの例ですと、料金による誘導ではうまくいかず、結局スマート充電というマネジメントを導入して、うまくいったという話を聞いています。やはり車をどこまで開放していただけるのかということが非常に大きな話だと思っています。電力側としては、上手く使わせていただくためにお任せいただくというところをうまく作れないか、と思っています。「どこまでの時間だったら任せても良い」という条件をユーザの方にお示しいただき、マネジメント要素も取り入れていくことが大切と考えます。
蘆立: 1990年頃、アメリカの電力会社で、アンシラリーサービスを導入した試みがありましたが、結局期待したほどの収入がなく事業がうまくいかなかった事例があったと記憶しています。今のお話しを聞きますとブリヂストンさん中でタイヤの定期的な交換だとか、お客様との関係があるかなと思いまが、いかがですか。
鈴木: まず、EVユーザの視点から考えると、その対価というよりは、EV自体は自分がどこかに行くための移動手段として担保しておくということが重要なので、これを阻害されなければ他の目的で使うことに対して、あまり抵抗を示す人は最終的には無いのかなと考えます。何らかの便益が欲しいという方もおられると思いますけれども、それよりも何かそういうことに供与していることで、デメリットが何かのときに起きないかということに対する不安を払拭する方が大事と考えます。例えば、夜間充電していた時に子供が急に病気になって病院に搬送しなきゃいけない時に車が一時的に使えない、ということがあるかもしれないと言った瞬間に、やっぱりその人間の心理としては、だったらやめておこうかっていうふうに思う。そういう一つ一つ細かいことかもしれないですが、提供する側の不安を消していけるようなことが、ちゃんと成立すれば意外とその協力者は多いと考えます。
あまり関係ないかもしれないですが、タイヤのソリューションにリトレットというサービスがあります。減ってきたタイヤの表面だけを、2回、3回と張り替えるサービスです。新品のタイヤに交換するよりも、トータルで低コストですが、最初はこうしたサービスに対して品質の劣化が起きないかとか、張り替え作業時に支障が出るのではという不安があったのですが、実施には支障が出ないようなシステムを構築し、また価格的にもちゃんと訴求することによって、ユーザを増やしています。
今回のEV車を電力系統に使うという話については、ユーザにとってのデメリットがないことをきちんと説明することによって利用者を増やしていくことができると思います。
蘆立: ありがとうございます。市川さん、お願いします。
市川: 私の見方です。イノベーションとは、技術に係るものだけを指すのではなく、こうしたビジネスモデルをどういうふうに作っていくかということもイノベーションの一種だと思っています。
いろいろな人が試行錯誤しながら、これだと上手くいってない?じゃあもうちょっとこうしてということを試行錯誤している中で、こういう人向けにはこういうビジネスが良いよね、こういう人向けにはこういうビジネスが良いよねっていうことが進んでいくものとの見方をしています。ただ、そうは言っても一度失敗すると不信感が生まれるといったことは実際にあるので、そういうことを考慮しながらいろいろな人に使ってもらう。例えば、運送業者に対してこのようなビジネスモデルを提供すればよいとか、他の消費者向けには別のモデルを提供すればよいとか、おそらくいろんなケースがあると思うので、そのような条件をいろいろ作り出されていくような社会全体の仕組み・環境を作っていくことが重要という気がしています
蘆立: ありがとうございます。非常に大事な視点だと思います。
高橋: 今の市川先生の意見に全く同意しています。やはりイノベーションを起こすためには試行錯誤が必要だと思います。そのためのベースとして、いろいろなデータがやはり必要で、限定された条件でも良いので、いろいろな人、スタートアップであったり、大学の先生であったり、広く使えるような環境があると試行錯誤が進んでイノベーションが起こるのではないかなと思います。
蘆立: 確かに自動車に関するデータを共有できると非常に重要です。一方、ビジネスに直結するので、政府が指導を取らないとうまくいかない部分もあると思います。
市川先生の先ほどのお話しで、多様なプレイヤーの参画共同、さらに再エネの安定供給しかも低コストでということがあったと思いますが、そういう理解でよろしいですか。
市川: 2050年のカーボンニュートラルを達成するために、再生可能エネルギーを増やすためにはどうしたらいいかというと、例えばその化石燃料に課税するといった話が単純に出てくるのですが、やはりエネルギーは生活必需品なのでそう簡単ではない。そこで、いわゆるイノベーションを通じてコストを削減し、再生可能エネルギーが化石燃料とほぼ同じぐらいの値段になったら再生エネルギーへ変換が円滑に進み、カーボンニュートラルな世界が出来ていくでしょうと、国は取り組んでいるわけです。その際に再生可能エネルギーは、化石燃料がもつ安定性と同様の安定性を持つ必要があります。再生可能エネルギープラス安定性のための畜電池に係るコストが、火力ぐらいのコストぐらいになるまで下げなくてはいけない。そのためには、研究開発や各種の補助金政策の対象として、グリッドの中に蓄電地を導入していくことを併せて考えていかなければならないということです。
蘆立: ありがとうございます。本日はEVを中心として議論してきましたが、ヒートポンプも再エネに整理しても良いと思っています。
さて、ここで会場の方から、ご意見・ご質問があればお受けしたいとおもいます。いかがでしょうか。

質疑応答

消費者への訴求について

会場
質問
者:
本日は非常に興味深いディスカッションをいただきありがとうございました。ひとつ質問があります。本日のテーマは、カーボンニュートラルを進める中での「電気の価値」ということで、ガソリン自動車からいかにEVへ転換、普及を進めるかということがあったと思います。頭でわかっているのですが、いわゆるマジョリティの人たちに響かないところは今日の一つの論点でした。このことは、コストやイノベーションといったことも難しく、インパクトのある情報発信が必要なのではないかと思います。端的な例として、昔、東京都知事の石原慎太郎氏がディーゼル規制を行いました。その時にペットボトルに入った黒い粉を振ったりしてみせました。その時、国民の納得性がすごくあったと思うんです。業界がすごく反対したようでが、多分、日本人のほとんどが、「ディーゼルってダメだよね。」と共感した。これは、ちょっと極端な例かもしれませんが、今回のガソリン自動車からEVへという議論でも同じようなことが言えるのではないか思っています。そういう観点で、単純にイノベーションとかではなく、インフルエンサーとか、そんな感じなのかなと考えました。i-Phoneで言うところのスティーブジョブスとか。そういう要素なども必要ではないか思っており、何かご意見をいただければと思っています。よろしくお願いします。
蘆立: ご質問ありがとうございます。ご登壇の先生お願いします。
大橋: ありがとうございます。イノベーションが導入された時「技術革新」と訳されて、基本的に技術が何か新しければ「イノベーションだ」と捉えられるのですけど、経済学でいうと、「技術革新」をモデル化すると、コストが下がるか、需要が増えるか、この二つしか大まかにはないわけですが、基本的には、需要創出に重要性があると思います。需要創出することは、技術が新しい必要は全くなくて、ある意味既存の技術を組み合わせたものが、今売れているものだったりする。インターネット技術とかも、必ずしも技術的に新しいわけではないし、需要家に受け入れられているものが必ずしも新しい技術ではない。こうした点で、これまでは電気の供給者側からの視点であった議論が、需要家に若干視点を置いて議論をしようとした趣旨というのは、多分そういうところに目を向けるという点で意義があるのかと思います。
また、消費者主権が本当に良い世界なのかということも考えなければいけないことだと思います。例えば、安定供給に対して消費者が価値を払わない、あるいはCO2削減に対して投資をしてもその投資に対して価格形成あるいは価格転嫁ができない、そうしたものが消費者から受けられない、というような話にすべきなのだろうかということがあると思います。消費者は啓蒙すべき対象なのか、あるいは消費者は消費者でやはりディスカウントとか短視眼的になりがちなので、中長期的な社会的な価値をある程度達成するための社会制度をデザインすることでルールや規律を入れる必要があるのではないか。そうしたことも、電気の世界では重要なのではないか、そうしたことを電気学会で議論していかなくてはいけないかなと思います。
永田: ただいまのご質問に多少関連する視点に立って申し上げたいと思います。第6期科学技術・イノベーション基本計画の中で言及されたことから注目されている「トランスフォーマティブ・イノベーション」というコンセプトがあります。基本計画の中では、社会変革をもたらすイノベーションと説明されています。これについては、イギリスのサセックス大学の研究者などが、結構地道なケーススタディを行っているのですが、結局のところ社会変革は何によって可能になるのかというと、鈴木先生のお話の中にあったような人々の自発的な行動変容によってしかもたらされないものだと理解されています。啓蒙家が指示したからといって、多くの人がその方向に流れていくわけではなく、その社会の主たる構成員の間で価値観の転換が起こった時に、初めて行動変容が可能になるということです。
そして価値観の転換とは、誰かに押し付けられるようなものではなく、例えば消費者が、自主的に共同生活を営む中で新しいライフスタイルを経験していくと、従来の価値観を乗り越えるような異なった視点などが獲得され、それによって可能になるものだということです。例えば、トランスフォーマティブ・イノベーションの実験として、再生可能エネルギーを使った生活を一定期間、共同で営むといったことが実践的なコミュニティの中で試行されています。こういう社会実験は、仕掛け自体が非常に難しいところもあるでしょうが、こういう試みの積み重ねによってしか、トランスフォーマティブ・イノベーションは実現できないのではないかと思います。今日ここで議論してきたことは、煎じ詰めると社会システムレベルの変革を促すイノベーションを模索していくということではないかと思いながら聞いていました。
市川: 全く別の視点なのですけど、私自身は役人をやっていたこともあり、ある技術に対して、世界各国における規制に対する態度が、それぞれ国によって違うのはなぜだろうか?という点に関心を持っていたりします。特に気候変動問題に関して言うと、やはり明らかにヨーロッパの人たちの気候変動に対する関心と日本の人たちの気候変動に対する関心が全然違います。そのような国民の関心という背景がないと、いくら政府だけが「気候変動のためだ」といっても、それよりも自動車業界を守る声の方が強くて、政府が負けちゃうわけです。また、世界各国とも、気候変動の名前において、それぞれ自らが優位になるような方向で自動車産業戦略に取り組んでいるというのが実態です。中国は、電気自動車の普及を推進しています。日本は、先ほどの話の中で消費者視点ではないという議論があるのかもしれないですけど、自動車業界を勝たせるためにいわゆるプラグインハイブリッドとかハイブリッドとかをできるだけ残したい。こうした力が働いた上で、政策の方向が決まってまっているので、一概に電気自動車が良いという戦略だけではないと思います。それは本当は消費者が決める話じゃないのかという議論もあるんですけど、客観的に見て、国によって違うというところを感じています。

電力の将来的なイノベーションの姿について

大橋: 永田先生に質問です。電力はインフラ的な側面が相当程度あって、なおかつネットワークで繋がっていて、周波数、電圧を標準的な規格に合わないと発電や受電ができません。そういう世界の中で、どうイノベーションを起こすかということです。いかにcoordinationエリアを乗り越えて、新たな均衡へ移行するのかところが多分電力特有の難しさだと思うんです。今の世界からもう一歩進めるための電力のイノベーションをどういうふうにお考えでしょうか。
永田: 非常に大きな問題ですね。電力の将来的なイノベーションの姿が何かということですか。
今日の議論の中でもいろいろ言及されてきましたが、電力と電力以外のものとを組み合わせることとか、電力が、ある社会システムの中で新しい位置づけを見出していくような方向にあるのではないでしょうか。やはり先生がおっしゃるようなことを基本的条件として満たしながら、社会システム全体の中での電力の位置や、新しい価値を見出していく方向に、電力のイノベーションの将来があるのではないかと思います。抽象的な答えですけれども、今日私が一貫して申し上げたかったのは、特定の製品やサービスの範囲で考えたり、それに直接関係する政策の視点だけで考えていたのでは、多分これからのビジョンは描けないということです。言い換えれば、社会システム全体の中で、電力の新しいポジションを見出だす、生み出すという形でのイノベーションがあり得るのではないかと、差し当たりお答えしたいと思います。
蘆立: どうもありがとうございました。時間が来てしまいました。非常に難しいテーマでしたが、多くのご示唆をいただきました。今後、深掘りできればと思っております。論点3の社会科学の必要性と期待につきましても、今後も検討していかなければいけない重要な課題と思います。再び、研究・イノベーション学会の皆さまとご一緒できればと思います。本日はご多用の中、多数ご出席いただきまして、ありがとうございました。改めて御礼申し上げます。

(会場:拍手)